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盛岡地方裁判所 昭和57年(ヨ)53号 決定

債権者 三上秀光

右訴訟代理人弁護士 大森鋼三郎

同 山中邦紀

債務者 日本国有鉄道

右代表者総裁 髙木文雄

右代理人 菊地尚美

〈ほか一名〉

右訴訟代理人弁護士 大川實

主文

本件を仙台高等裁判所に移送する。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債務者は、債権者に対し、金三三七六万六三五八円及び内金八五二万七七九八円については昭和四九年三月九日から、内金一三万九六八〇円については昭和四九年四月一日から、内金二五〇万七七六〇円については昭和五〇年四月一日から、内金二七九万六七二〇円については昭和五一年四月一日から、内金二九七万二七〇円については昭和五二年四月一日から、内金三一四万六七〇〇円については昭和五三年四月一日から、内金三二三万八〇四〇円については昭和五四年四月一日から、内金三三四万四五一〇円については昭和五五年四月一日から、内金三四八万八一六〇円については昭和五六年四月一日から、内金三六〇万六七二〇円については昭和五七年四月一日から、それぞれ完済にいたるまで年五分の割合による金員並びに昭和五七年四月から毎月二〇日限り、一か月金二二万五〇〇円の割合による金員を支払え。

2  申請費用は、債務者の負担とする。

二  債務者の申立て

1  主文同旨

2  申請の趣旨に対する答弁

(一) 本件仮処分申請を却下する。

(二) 申請費用は、債権者の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債務者は、日本国有鉄道法に基づいて設立された鉄道事業などを営む公共企業体であり、債権者は、債務者に雇傭され、昭和四三年五月当時、債務者の盛岡鉄道管理局尻内管理所に動力車乗務員として勤務していた。

2  債務者は、昭和四三年五月二〇日、債権者に対し、国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)が同年三月一日から同月二日にわたって実施した闘争において債権者が動労の盛岡地方本部尻内支部執行委員長としてその計画に参画し組合員をして争議行為を実施させた行為は公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項に違反するとして同法一八条に基づき解雇する旨の意思表示をした。

3  しかし、右解雇は、次の理由により無効であり、債権者は依然として債務者の職員たる地位を有している。

《中略》

4  債権者は、債務者を被告として前項の理由をもって、雇傭関係存在の確認及び賃金債権の給付を求める訴訟を盛岡地方裁判所に提起し(同庁昭和四三年(ワ)第三九二号事件)、昭和四九年六月六日、勝訴判決をえた。ところが債務者は右一審判決を不服として仙台高等裁判所に控訴を申し立て、現在同庁昭和四九年(ネ)第一七〇号事件として係属している。

5  債務者は、債権者の労務提供を拒否しており、昭和四三年六月分以降賃金及び期末手当等の支払いをしない。

6  債権者の賃金請求権

(一) 昭和四三年六月分から昭和四九年二月分まで

債権者は、昭和四三年六月当時、一か月あたり、給与表の八職群五〇号俸(基本給六万四〇〇〇円)及び扶養手当一六〇〇円、合計六万五六〇〇円の賃金の支払を受けうる地位にあったところ、その後、右職群号俸については賃金の改訂があり、右の期間における賃金は別表一―一のとおり合計金六〇七万六一六〇円となり、右の期間における期末手当等は別表一―二のとおり合計金二四五万一六三八円となり、右の合計は金八五二万七七九八円となる。右については、その請求をした昭和四九年三月七日の翌日である同月八日からの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 昭和四九年三月分

基本給一一万二四〇〇円、扶養手当三〇〇〇円合計一一万五四〇〇円、昭和四九年三月に支払われるべき年度末手当は二万四二八〇円であり、その総額は金一三万九六八〇円となる。右総額については、年度末手当の支給日が同月末日であるところから、同年四月一日からの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) 昭和四九年四月分から昭和五七年三月分まで

債務者職員の賃金は毎年仲裁裁定とその実施に関する労働協約によって改訂され、右の期間内の各年度の債権者の賃金は、別表二―一のとおりであり、また、右の期間内の各年度の期末手当等は別表二―二のとおりである。そこで債権者は、各年度の賃金及び期末手当等の支払を求めると共に右の合計額について、各年度の末日の翌日である各年の四月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四) 昭和五七年四月一日以降

昭和五七年三月分の賃金は、基本給二一万二〇〇〇円、基本給調整額二〇〇〇円及び扶養手当六五〇〇円合計二二万五〇〇円であり、支払日は毎月二〇日である。そこで債権者は昭和五七年四月一日以降については、毎月二〇日限り二二万五〇〇円の支払を求める。

7  保全の必要性

《中略》

二  管轄違いの抗弁

本件仮処分申請事件は、盛岡地方裁判所昭和四三年(ワ)第三九二号事件における判決認容額並びに昭和四九年三月以降の年度末手当等及び同年四月以降の賃金改訂部分の請求を合算し、その仮払いを求めるものであるが、右の判決認容額の部分については同事件の控訴審である仙台高等裁判所に昭和四九年(ネ)第一七〇号事件として係属しているから管轄違いとなる(民訴法七五七条、七六二条)。また、追加請求部分についても、それは債務者の職員であるならば特段の事由のない限り自動的、且つ一律に支給されるものであり、いわば職員としての地位に伴い当然に請求し得るものであるから同高裁の審理の対象とされている賃金請求権の中に当然に含まれていると解すべきである。右のとおり本件は管轄違いであるから、本案の係属する仙台高等裁判所に移送されるべきである。

三  申請の理由に対する認否及び債務者の主張

1  申請の理由第1項及び第2項の事実はいずれも認める。

2  同第3項は争う。なお、本件解雇は、行政法上のいわゆる公共団体(公法人)たる性格を有する債務者のなした公法上の処分であるところ、本件解雇には明白、且つ重大な瑕疵が存しないから、当然無効とはいいえない。

3  同第4項及び第5項の事実はいずれも認める。

4  同第6項のうち、債務者の職員の賃金が毎年仲裁裁定とその実施に関する労働協約によって改訂されてきたこと及び期末手当も毎年度毎の協定により支払われてきたことは認めるが、その余は争う。

《以下事実省略》

理由

債権者の本件仮処分申請は、債務者に対し、昭和四三年六月から昭和五七年三月まで毎月支給されるべき賃金及び期末手当等の総額三三七六万六三五八円及び各年度の合計額等に対する各遅延損害金並びに昭和五七年四月一日から毎月二〇日限り二二万五〇〇円の支払を求めるものであるところ、申請の理由第4項の事実は当事者間に争いがなく、右の争いのない事実及び本件記録によれば、債権者は動労及び新井山良吉と共に原告として債務者を被告として、当庁に昭和四三年(ワ)第三九二号事件の訴訟を提起し、昭和四九年六月六日に、「1原告新井山良吉、同三上秀光と被告との間にそれぞれ期間の定めのない雇傭関係の存在することを確認する。2被告は原告三上秀光に対し八、五二七、七九八円とこれに対する昭和四九年三月八日から完済まで年五分の割合による金員(これは、申請の理由第6項(一)の賃金請求権を認めたものである。)並びに同月以降毎月二三日限り一一五、四〇〇円を支払え。」との判決の言渡しを受けたが、債務者がこれを不服として控訴し、右事件は現在仙台高等裁判所に同庁昭和四九年(ネ)第一七〇号事件として係属していることを認めることができる。

右によると、本件仮処分申請は、債権者が右の仙台高等裁判所昭和四九年(ネ)第一七〇号事件における賃金請求(以下「第一審認容部分」という。)並びに昭和四九年三月以降の毎月の賃金の増額分及び期末手当等の請求(以下「追加請求部分」という。)を合算してその支払を求めているものであることが明らかである。

ところで、仮処分は本案の管轄裁判所が専属の管轄権を有し(民訴法七五七条、七六三条の二)、本案が控訴審に係属するときは控訴裁判所が管轄裁判所となる(同七六二条)。そこで本件申請のうち「右第一審認容部分」の管轄裁判所が仙台高等裁判所であり、当裁判所が管轄権を有しないことは明らかである。問題は「追加請求部分」であるが、右各条文に言うところの「本案」とは当該仮処分によって保全せらるべき権利又は法律関係の存否を確定すべき訴訟を指すものと解することができるところ、例えば起訴命令に対する本案の適格性(同七四六条)が仮差押の被保全権利と請求の基礎において同一性を失わない限り請求の趣旨及び原因において一致しなくとも起訴命令に適った本案であると解するのが相当であるように、当該規定の趣旨等を検討して解釈することが妥当である。そこで、仮処分において管轄裁判所を本案の係属する裁判所とした所以を検討すると、それは仮処分の付随性と審理の便宜を重視したものと解しうるのであり、ことに被保全権利に関する審理については異る裁判の為される危険を相当程度避けることができること及び仮処分決定に対する異議訴訟(同七四四条)や事情変更による取消訴訟(同七四七条)における管轄裁判所として審理しうることが考慮されているものと考えられるのである。そこで、本件仮処分申請についてその管轄裁判所を検討するに、前述したとおり、仙台高等裁判所には第一審認容部分の賃金請求権の存否だけではなく、追加請求部分をも含めた債権者の賃金請求権の存否に関する先決的な法律関係である債務者との雇傭関係の存否についても既判力をもって確定することが予定されている訴訟が係属しているのであるから、先に述べた仮処分の管轄裁判所を本案の係属する裁判所とした趣旨、とりわけ異る裁判の為される危険をできるだけ避けるべきであるとの要請が強く働く場合であるといいうる。これに、債権者は、原則として控訴審において請求の趣旨及び原因を変更することによって控訴審における訴訟物を本件仮処分申請における被保全権利と一致させることができることを考え合わせると、本件の如き仮処分申請については第一審認容部分の賃金請求権のみではなく、追加請求部分の賃金請求権を含めて「本案が控訴審に係属するとき」に該当するものと解するのが相当であると考える。尤も、形式論理的には金銭債権は可分であるから、被保全権利を第一審認容部分の賃金請求権と追加請求部分の請求権とに分けてそれぞれの「本案」を観念する余地もないではない。しかし、その場合にも、たまたま盛岡市に存する盛岡鉄道管理局を民訴法九条の「事務所又ハ営業所」と解すれば格別、そうでない限り当裁判所は管轄権を有しない。そこで将来本案が係属するべき第一審の裁判所に移送すべきことになるが、そうすると第一審認容部分について仮執行宣言も仮処分命令もなされていない段階において、追加請求部分のみの仮処分を管轄する右第一審の裁判所は被保全権利に関する審理はさておいても、追加請求部分の性質上その必要性について極めて困難な判断が求められることにならざるをえない。このことは翻って、第一審認容部分と追加請求部分とを分断して管轄裁判所を検討することの不合理性を示すものといえよう。

以上のとおり、本件仮処分申請については当庁に管轄権がないので民訴法三〇条により仙台高等裁判所に移送することとする。よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 海老澤美廣 裁判官 村上久一 佐久間邦夫)

〈以下省略〉

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